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六英雄セレナ編 第四章
第四章 誇りと誇りで
サーマに戻ったセレナはすぐに海軍駐留地へと向かった。
兵に軽く挨拶しながら、彼女は総司令がいるキャンプへと向かう。
簡易ドアをノックせずに開けると、メザとアリウスが机に向かい合って酒を口にしている時だった。
「メザ、ルキナは?」
ぐびりと酒を一口メザは飲むと、「母親を探しに行かせた」と簡単に答えた。
「あなた、知って……?」
「部下から聞いた。行けと言ったがお前が帰ってくるまではとか言ってたぜ。んで、セレナには俺から言うとしつこくしてたら、出て行ったぞ」
「そう……なんだ」
涙が込み上げてきたが、彼女はそれを飲み込んだ。
「今、戦況はどうなってるの?」
少しでも気を紛らわすため、話題を変える。
「アリウス、頼む」
メザはまた酒を飲んだ。
「セレナ様。現在の戦線は僅かに後退しております。原因としては一時的に共闘していた海賊の離脱です。これに関してはメザ率いる我々海軍とスティア海賊連合の合意によるものです。被害は軽微です。軽傷者11名、命に別状のない骨折などの重傷者2名、死者0名。これは海軍、共闘時の海賊含めております。敵勢力の動きに関しては現在は落ち着いており、セレナ様が戻られる一日前から動きが見られません。一応海軍警戒レベルはA2を維持しておりますが、明日には一時的にBランクまで下げ、部隊の再編成を行う予定です。ルキナに関しては一時陸路で進み、途中より海路に変更するとのことです。陸路のみ二名護衛を付けております。彼女に水上で勝てる者もそういません。ご安心ください」
「そうです、か」
アリウスの完璧な報告にセレナはそれしか言葉が出なかった。
「今度はそっちの番だぜ?」
「え……」
「ルキナやアリウス程じゃねぇが長い付き合いだ。何かあったんだろ?」
「別に、何も……」
いけない。涙は流してはいけない。それでは、人形ではなくなる。
メザは彼女の言葉に何も言わず、グラスに酒を注いだ。
「とりあえず飲めよ」
そしてその酒をセレナへと渡す。
「ありが、とう……」
言葉は上手く出なかった。いや、出したくなかったのだろう。彼女は酒をぐびりと飲む。
「安酒ね」
「今は酔えればいいんだよ」
「それも、そうね」
彼女はふぅとため息をついた。
「どうしたんだよ、救国の英雄。お前がそんなんだと士気が駄々下がりだ」
ずきりと、彼女の胸が痛んだ。
「お前は俺たち海賊にとっちゃバケモンだったんだぜ」
へっ、と短く笑いながらメザは酒を飲んだ。
今度は偶像、人形ときて今度は化け物かと、セレナは言葉ではなく皮肉の笑みを零す。
彼女に代わり答えたのはアリウスだった。
「よく言うよ、メザ。我々からすればお前の方こそ化け物だ。覚えているかい、サーマ第一次大海戦を」
「がっはっはっ! あれは楽しかったなぁ! セレナもルキナもアリウスもガキだったしなぁ!」
「お前もだろ、メザ」
セレナを置いて、会話は弾んでいく。
「親父やスティア、俺らと対等にやりあったときは心踊ったぜ! 腐った海軍ばかりが相手だったからよぉ!」
「だからと言って、一ヶ月は長いぞ」
「そうそう。テメーらが引かなかったもんだからよぉ、俺もスティアもこなくそってなったわけよ!」
「ヴェリアが休戦の話をしたときは正直驚いたよ」
「あのまま続けたら俺らが勝ってたのになぁ!」
「ははは、私達だよ。勝ってたのは」
豪快に笑うメザに、上品な笑みを返すアリウス。
「いやいや、ひよっこ三人が主力じゃあ勝てねぇって、俺たちに」
「海軍が負けるわけないだろう」
男らしい会話に、徐々に二人はヒートアップしていく。
しかし、セレナの耳には何も入ってこなかった。
ここにルキナがいれば、きっと相談に乗ってくれただろうに。
ここにルキナがいれば、きっと助けてくれたのに。
「ルキナ……」
ぽそりと呟いた言葉に、メザとアリウスは黙る。
「もう一度聞くぞ、何があったんだ」
「……何でも、ないの」
ぽろりと涙がこぼれる。
「くだらねぇ、興醒めだ。寝る」
だんとグラスをテーブルに叩きつけ、奥のベッドに向かった。しかし、彼はすぐに横にはならなかった。
「アリウス。救国の英雄を送ってやれよ。英雄とはいえ女だからな」
「あぁ、そうするよ」
そしてメザはベッドに横になった。
アリウスはセレナを見て、微笑むと蝋燭の炎を消した。
「行きましょうか」
「えぇ」
テントを出ると、満点の星空と潮騒が彼らを出迎えた。風は穏やかに吹いている。
「セレナ様。何か私やメザに言えないことがあるのですか」
ゆっくりと砂浜を歩きながら、アリウスは問いかけた。
セレナはどう答えるか逡巡するが、頭を僅かに振って答えた。
「……何でも、ありません」
アリウスは足を止めて彼女へと向き直る。
「王都で何かあったのですね」
「何もありません」
「アーレイ兄さんが何か言ったのでは?」
「何もありません!」
セレナは語気を強めた。
彼女の瞳には涙が溜まっている。
「私たちは、そんなに頼りないですか?」
「…………」
彼女は答えない。そんなことないと簡単に言ってしまえば、この関係は破綻し、二度と戻らないように思えたからだ。
「救国の英雄がそのような顔をしていては、誰しもが不安になります」
まただ。また押し付けられる。
ルキナがいれば、自分をセレナとして見て話してくれるのに。ルキナなら、誰よりも私を愛してくれるのに。
「セレナ様」
「はは。最悪」
どうにでも……なってしまえ。
彼女の胸中は諦めで満たされた。もういい。もう全部、かなぐり捨てて、ルキナを追いかけよう。
前に交わしたルキナとの約束は反故になるけれど、もう嫌だ。
「何それ。私はこんな時にも救国の英雄でなければならないの? 笑ってれば満足? こんな剣を持って傷付けば満足だって言うの!?」
セレナはレクシーダを砂浜に叩きつけた。
レクシーダが悲しく瞬いた。
「もうこんなのごめんよ! 偶像だと思っていたけれど、あなたたち王族は、人形が欲しいんでしょう!? 私はね、自由になりたいの! あんた達に使われるのはもつこりごりよ!」
強く、セレナはアリウスを睨み付けた。
「サヴァトの族長も、救国の英雄も、何もかも押し付けられた! 期待を、命を、遂には国まで!」
セレナの嘆きは止まらない。
「無様だと思わない? 民のためと剣を掲げ平和を謳った。民のためならばこの身など朽ちても良いと思っていたのに。その実私は民の傀儡だった。私は、ただのお人形。民が望む姿を映す、無様な人形よ。民が望むなら英雄にでも売女にでもなっていた!」
ぱしりと、頬を叩かれた。
「なに、を……」
「確かに無様だな、セレナ。今のあなたはただの小娘だ」
「この……!」
セレナはレクシーダを拾い上げ、鞘から抜き放とうとしたが、レクシーダは凍りつき、抜くことはできなかった。
「なん、で!?」
「今お前が言ったろう。こんなのはごめんだ、と。レクシーダはお前の気持ちを汲んだのだろう。優しい剣だ」
「王子とは言えこれ以上の侮辱は……」
「黙れぇぇぇぇ!」
アリウスは王剣を抜き、切っ先を彼女に向けた。
「あなたが戦う姿は……いいや、英雄セレナが戦う姿は、私が求めた王そのものであった。私が憧れる英雄そのものだった。確かに傀儡のように見えるでしょう。あなたはそう動いているのだから。あなたが自ら糸を渡しているのだから。あなたが傀儡として生きることを望んでいるのだから! だがこれ以上は見るに耐えない。私はあなたを殺す!」
一旦言葉を切り、アリウスは大きく息を吸い込んだ。
「私は英雄セレナを、例え傀儡のセレナであっても侮辱させない。私の憧憬は決して間違いではないと、あなたを殺して証明する。傀儡のセレナ……貴様如きが英雄セレナを語ったこと、後悔させてやる!」
レクシーダが淡く光る。
――聡明なる優しい王よ。剣を納めてはくださいませんか?
淡い光は徐々に人として形を成していく。
言葉はアリウスに届いたが、それはセレナには届かなかった。
「それは聞けない」
その光にアリウスははっきりと答えた。
――セレナは優しき者です。私は、彼女を守りたいの。
「ならば剣を取らせろ、レクシーダ。優しき想いだけで守れぬと言うことは、貴女がよく存じ上げているはずだ!」
――そうですか……あなたも、彼を知っているのですね。わかりました。答えましょう、あなたの想いに。
レクシーダを覆っていた氷が溶ける。
「何を、話して……?」
「ふん。遂にはレクシーダにすら見捨てられたか」
ぎりと歯ぎしりをするセレナ。
「このっ……!」
今、二人の氷剣が鬩ぎ合う。
同じサーマの大地の元で。
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